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大阪高等裁判所 昭和41年(行ス)2号 決定

抗告人

東大寺

右代表役員

橋本聖準

右代理人

兼子一

外二名

相手方

奈良県知事

右代理人

浜本一夫

指定代理人

広木重喜

外五名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件記録によると、奈良県議会において、昭和四〇年三月二六日奈良県文化観光税条例が、同年一〇月一二日右条例の一部を改正する条例が、それぞれ可決され、昭和四一年三月五日これが公布、施行されたこと(以下本件条例という)、本件条例は奈良県における文化観光施設の整備を図る費用に充てるため(第一条)、東大寺金堂、法隆寺西院に所在する文化財の有所者が、右文化財を公開し、右寺院への入場につき拝観料等の対価を徴収している場合において、右対価を支払つて右寺院に入場する者(以下拝観者という)に文化観光税を課することとし(第二条)、その税率は拝観者一人一回について一〇円とすること(第四条)、徴収は特別徴収の方法によることとし(第五条)、特別徴収義務者は、当該文化財の所有者又は文化観光税の徴収について便宜を有する者で知事が指定したものとすること(第六条)等の規定をおいていること、抗告人は奈良地方裁判所に対し、奈良県知事を被告として、右条例が無効であることの確認請求訴訟を提起し、右訴訟は同庁昭和四一年(行ク)第二号事件として係属中であること、以上のとおり認めることができる。

ところで抗告人は、右無効確認訴訟に基づき、同裁判所に対し、本件条例は右訴訟の判決が確定するまでその効力の発生を停止する旨の決定を求める申立てをしたが、これを却下されたので本件即時抗告に及んだものであるところ、抗告訴訟に基づく執行停止が許されるためには、現に係属している本案たる抗告訴訟が適法な訴えであることを要するのであるから、まずこの点について考える。

本来抗告訴訟の対象となるのは、個人の具体的な権利義務に影響を及ぼす、行政庁の処分その他公権力の行使に当る行為に限られ、法令は一般には抽象的な法規に過ぎないから、その無効確認を求めることは、具体的な法律関係や法律上の利益に関する紡争に当らないから許されないものであり、だた法令であつても、それが直接に個人の権利、義務に変動を来す、具体的な、処分的な内容をもつもののみについては、これに対し抗告訴訟を提起することができるものと解すべきである。右の見地から本件本案訴訟の適否を検討してみるに、抗告人は、本件条例第六条は抗告人を文化観光税の特別徴収義務者と定めているというが、同条の文言は前記のとおりであつて、これにより抗告人が当然に文化観光税の特別徴収義務を負うものと解することはできない。なぜかといえば、同条項は、当該文化財の所有者又は文化観光税の徴収について便宜を有する者のいずれかのうち、知事の指定するものが、右義務者となるべき旨を定めているにすぎず、知事の指定があつて始めて右義務者が特定されることを予定しているからである。抗告人は、右のように解すれば、憲法第八四条に違反するばかりでなく、条例自体によつて特別徴収義務者を特定しておくべきことを要求している地方税法第二七五条にも違反するから、本件条例第六条第一項は、「特別徴収義務者は、文化財の所有者又は知事が文化観光税の徴収に便宜を有すると認めて指定する者とする」の意味に読むべきものであり、このように解すれば、条例自体によつて特別徴収義務者は抗告人に定まつていると主張する。しかしながら本件条例第六条第一項の規定は、その趣旨極めて明白であつて、憲法と地方税法の前記各規定を考慮に入れても、抗告人主張のように解する余地はない。

結局右条例は、それ自体により抗告人に特別徴収義務を課したものということはできないので、これを理由として本件条例が具体的、処分的な内容をもつものであるとする見解は採用できない。現に奈良県知事は、本件条例公布の日に、右条例第六条の規定に則り、改めて抗告人を特別徴収義務者と指定する旨の告示をしているのであつて、この指定処分こそ抗告訴訟の対象となるべき行政処分であるというべきである。

つぎに右条例はこれを拝観者の立場からみれば、具体的、処分的な内容をもつものであると解する余地がないわけではない。なんとなれば右条例第二条は、前述したように、東大寺金堂等に所在する文化財の拝観者に対し、文化観光税を課することを定めているのであつて、右納税義務は、将来特定の拝観者が対価を支払つて入堂するときに始めて具体的に成立し、確認するに至るものであるとはいえ、すでに本件条例そのものによつて、将来拝観者となろうとする者に対し、一定額の納税義務を課しており、右条例に基づいてさらに課税庁から別段の行政処分が行われることは予想されていないのであるから、この点についていえば通常の行政処分と異るところがないと解する余地があるからである。そうすると抗告人としては、右処分によつて法的利益の侵害を蒙るのであれば、これを理由として抗告訴訟を提起することができると解せられるのであるから、この点を考えるに、本件条例が拝観者に対し文化観光税を課することにより拝観者が減少し、それによつて抗告人が不利益を蒙ることがあるとしても、右不利益は法的利益の侵害と解することはできず、単なる事実上の不利益にすぎないというべきであるから、このように解しても、抗告人は右条例の無効確認を求める原告適格を有するものとはいえない。

さらにたとえ右条例を具体的、処分的な内容のものと考えても、本件本案訴訟は、被告適格に関して問題がないわけではない。すなわち右訴訟は奈良県知事を被告とするものであることは前述のとおりであり、抗告人はこの点について、県条例が行政上執行を必要とする場合、それは一般的に県知事の職責であり、しかも本件の奈良県文化観光税条例における具体的な徴収権限は県知事に存するから、右のような知事の徴収権限の発動を阻止するために、これを被告として条例の無効確認を請求するのが当然であるという。しかしながら、知事の徴収権限の発動を阻止する必要があるからといつて、知事を被告とする条例の無効確認請求が許されるとするのは論理の飛躍である。知事を被告として観光税の徴収をしないという不作為の義務づけ訴訟ないしは義務確認訴訟といつた、無名抗告訴訟が許されるかどうかはさておき、本件では前記の如く、知事が条例に基づいて抗告人を特別徴収義務者に指定する旨の行政処分をしているのであるから、知事に対し条例の無効を理由にして右処分の効力を争い、判決の拘束力によつて予防的効果を挙げることができるのであつて、知事を被告とする条例の無効確認の訴えが許されなければならない、合理的な理由はない。しかのみならず、条例が前記の如く、行政処分と同様、無効確認の訴えの対象となる場合においては、その被告適格は、当然処分の無効等確認の訴えについても準用される行政事件訴訟法第一一条の規定するところによらねばならないのは当然であつて、同条によれば、右訴えは処分をした行政庁を被告として提起しなければならないと定められているのであるから、条例の無効確認を求める場合には、その制定者である地方公共団体を被告としなければならないものと解すべきである。

以上のとおりであるから、本件本案訴訟は不適法なものという外ないのであつて、右不適法な訴訟を本案とする本件執行停止の申立ては却下すべきものである。したがつてこれと結論を同じくする原決定は正当である。

よつて本件抗告を棄却し、抗告費用の負担について民訴法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり決定する。(金田宇佐夫 中島一郎 阪井昱朗)

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